『春になったら』が「余命モノ」なのにちっともあざとくない理由

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むき出しの痩せた木に、固い蕾が芽吹く。厳しい寒さを越えて、また花咲くときがやってくる。

『春になったら』(カンテレ・フジテレビ系、毎週月曜22:00~)第6話は、そんな春の訪れを思わせる回だった。

ドラマをより豊かにする2人の名女優



結局親というのは子どもの幸せのためなら何だってできるし、何でもしてやりたいと願うものなのだろう。

椎名瞳(奈緒)と川上一馬(濱田岳)の婚約解消を知った雅彦(木梨憲武)。本来なら満願成就のはず。だけど、沈みっぱなしの瞳に、雅彦も落ち着かない。つい瞳と一馬の仲が気になってしまう。

だから、サプライズを仕掛けた。昔から人を楽しませることが大好きな雅彦らしいサプライズ。ストレスで体を壊した瞳の退院祝いに一馬を呼び、再会のきっかけをプレゼントした。「またさ、俺とやり合ってさ、俺を納得させてみろよ」と雅彦は言う。父からの宣戦布告。でも、それは今までのように険悪なものではない。むしろ事実上、2人の結婚を認めたようなものだ。瞳も、一馬も、もちろん雅彦も、久しぶりに心から笑える日を過ごすことができた。

このドラマのいいところは、メイン3人はもとより、周りにいる人たちも愛に溢れた人たちだということだ。

今回印象に残ったのは、杉村節子(小林聡美)と神尾まき(筒井真理子)だ。矢萩亜弥(杏花)が助産院で出産することを反対する早苗(中村優子)。自身が未熟児で娘を産んでしまったことから、亜弥にはなるべく不安のない状態で出産に臨んでほしかった。そんな早苗に節子は言う。

「人が産まれてくる瞬間って、すべてが思い通りになることなんかないんですよ」

生と死は表裏一体。そう考えると、これは出産を控えた亜弥に向けた言葉であると同時に、死に支度を整える雅彦にも重なる台詞に思えた。

小林聡美の台詞回しには、何とも言えない滋味がある。露骨に気持ちを込めすぎたりはしない。むしろ恬淡とさえしている。感情というものに対して常に一定の距離をとり、不毛な見栄や不安に足を取られがちな人間の有り様を鳥瞰しているように見える。だけど、決して冷たくはない。だから、小林聡美が演じるキャラクターは信頼できる。節子先生もそういう人だ。言葉の説得力が違う。

一方、まきも姉としての苦しさを覗かせて、ドラマに奥行きをつくった。特に玄関先で雅彦に見送られるシーンは、さりげないけど、心に沁みるものがあった。気丈に見えるまきだけど、雅彦との付き合いでいったら当然誰よりも長い。年をとればとるほど、自分より若い人間が命を落とすことにやりきれなさを覚えるものだけど、それが弟ならなおさらだ。雅彦が辛そうにしているのも、ちゃんと見抜いていた。

「昔は風邪もひかなかったのにね」

その言葉に、幼い頃から面倒を見てきた姉と弟の歴史が垣間見えて、胸がキュッと締めつけられる。『淵に立つ』以降、ますます役者として勢いに乗る筒井真理子が、ベタつかせすぎず、だけど人情味たっぷりに姉の悲しみを訴えかける。

小林聡美と筒井真理子。名女優2人のスパイスが、このドラマをより豊かなものにしている。

台詞で語らない、粋を心得た脚本と演出



福田靖の脚本、そして松本佳奈の演出も、台詞で安易に心情を語らせすぎず、ちゃんと画で心のグラデーションを見せている。今回際立っていたのは、父娘それぞれのリストの使い方だろう。

一馬との結婚を断念した瞳は、「結婚までにやりたいことリスト」から「お父さんにかず君との結婚を認めてもらう」の一文を消す。そして雅彦も「死ぬまでにやりたいことリスト」の「カズマルを瞳から追い払う!!」の一行を見てため息をつく。2人の心の揺れが、このシークエンスだけできちんと説明されている。

その上で、ラストで今度は雅彦が「カズマルを瞳から追い払う!!」に打ち消し線を引き、瞳は「お父さんにかず君との結婚を認めてもらう」を復活させていた。なんと洒落た描写だろう。くどくどと言葉で語るより、これだけで十分に前を向いてまた歩きはじめた2人の気持ちが伝わってくる。このドラマは、粋というものをわかっている。だから、「余命モノ」という手垢のついたジャンルなのに、辛気臭くなりすぎないし、お涙頂戴的なあざとさがない。

ずっと寝つけなかった瞳がぐっすり眠っているラストも、希望を感じさせるものだった。どんな悲しみに打ちひしがれようと、ちゃんと眠ることができれば、人は立ち直れる。きっとここから瞳は父の死というものに今まで以上に深く向き合うことになるのだろう。ならば、せめて今このほんのひとときだけは心ゆくまで眠ってほしい。そんなことを願わずにはいられないラストシーンだった。

ブチギレ黒沢くんを人形にして売ってください



前回、一馬にライバル宣言をした岸圭吾(深澤辰哉)だったが、結婚が破談になって弱った瞳の心の隙につけこむようなことはしなかった。むしろ扉を開けて玄関先に立っていた岸の表情は、ただただ瞳を心配して駆けつけた優しくて頼りない子どものようだった。その顔だけで岸がいいやつなんだということがわかる。

一馬と岸の間に友情と共感の中間のような連帯感が生まれつつあり、その関係性も見ていて微笑ましい。岸のことはすっぱりとあきらめてしまったような大里美奈子(見上愛)の決心も含め、この10年越しの片想いの終着地はどこになるのか。じっくり見守っていきたい。

そして、さんざん振り回された結果、式がキャンセルになってしまい、ふてくされる黒沢健(西垣匠)もとってもキュート。祭壇の前で足を放り出す姿が可愛すぎて、人形にして棚に飾りたい。キャパが安アパートのお風呂くらい狭い黒沢くんの成長記もこっそり応援しております!

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