こんな時だからじっくり見たい 野木亜希子ドラマ(1) 『空飛ぶ広報室』

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新型コロナウイルスの感染拡大により、日本中が不安に揺れている。4月7日には緊急事態宣言が発令され、全国各地のライブや、イベント、公演が中止に。この国からエンターテインメントの灯が消えようとしている。

もちろん今は一人ひとりの健康が最優先。その中で、エンターテインメントは確かに「不要不急」かもしれない。けれど、そんなエンターテインメントに心救われた人がたくさんいることも疑いようのない事実だ。

春ドラマも次々と放送開始日の延期が決まり、先の見えない状況が続くが、こんなときこそ自宅で楽しめる配信コンテンツで、おうち時間を明るくしたいもの。そこで、動画配信サービス「Paravi(パラビ)」で観られる傑作ドラマを紹介。今回は、この春の注目ドラマである『MIU404(読み:ミュウ ヨンマルヨン)』(TBS系)の脚本を手がける野木亜紀子の作品を特集する。

第1弾は、2013年4月期に放送された『空飛ぶ広報室』(TBS系)。野木が初めて全話単独で脚本を手がけた連ドラだ。当時から今も変わらない野木の構成力の巧さ、社会への誠実なメッセージをぜひ感じてほしい。

人と人がわかり合う。その喜びに溢れた成長ドラマ

「レッテル」という言葉がある。男は、横暴。女は、すぐ泣く。マスコミは、悪。自衛隊は、人殺し。世の中は数々の「レッテル」に溢れていて、相手に「レッテル」を貼ることで、わかった気になって安心をする。でも、本当はそんな勝手な「レッテル」を貼ってしまったがために見えなくなるものが、たくさんある。大切なのは、ちゃんと対話を重ね、相手を理解すること。『空飛ぶ広報室』は、そんな「人と人がわかり合えること」の素晴らしさを教えてくれるドラマだ。

主人公は、帝都テレビ局員の稲葉リカ(新垣結衣)。子どもの頃からの夢だった報道記者の職に就くも、あるトラブルが原因で情報番組のディレクターに異動。自衛隊を取材することとなり、窓口である航空幕僚監部広報室を訪れる。

しかし勝ち気で上昇志向の強いリカの頭にあるのは、一刻も早く報道記者に復帰することだけ。情報番組を軽視し、自衛隊に対する知識も興味もゼロ。航空自衛隊のことを「空軍」と呼び、戦闘機を「人殺しのための機械」と切り捨て、広報室の面々の反感を買う。

そんなリカが、広報官・空井大祐(綾野剛)らとの交流を通して、人間的に成長していくさまが、このドラマの大きな魅力。幼い頃からパイロットを夢見、航空自衛隊という仕事に誇りを持っている空井は、戦闘機を「人殺しのための機械」と言い放つリカに激昂する。知識のなさ、あるいは誤った知識を原因とした偏見が生むのは、分断だ。その分断の渓を、ふたりはお互いを知ることで乗り越えていく。

取材を通し、航空自衛隊のことを知っていくリカ。広報室で出されるコーヒーは経費ではなく、隊員たちの自腹でまかなわれていること。自衛隊は特別職国家公務員なので、残業代が出ないこと。自分のまったく知らない世界にカルチャーショックを受けながらも、関心を寄せていくうちに、いつしかヘリや航空機を見ただけで、その名も言えるように。

そんな他者理解の感動を象徴的に描いているのが、第7話だ。リカの同僚である報道記者の香塚ともみ(三倉茉奈)は取材中に山岳遭難事故に遭遇する。救助の模様を生中継するテレビカメラ。現場に駆けつけたのは航空自衛隊が誇るレスキュー部隊・航空救難団だったのだが、その認知度の低さから第一報では山岳救助ヘリと報道されてしまう。それを観て、「自分たち広報の努力が足りないってことですよね」と肩を落とす空井。

しかし、その直後、ともみから「正しくは航空自衛隊所属の航空救難団が遭難者の救助にあたっていました」と訂正報道が入る。航空救難団の日頃の活動を深く知る者でしか伝えられない詳細なレポートに、頬を綻ばせる広報室の面々。空井は、ともみに航空救難団のことをレクチャーしたのはリカだと確信し、歓喜に打ち震える。

自分たちのことを正しく知ってもらえることが、それを正しく伝えてもらえることが、どれほどうれしいことなのか。当たり前すぎて見落としていたことに気づかされる、本作きっての名シーンだ。勝手な先入観や曖昧な情報で相手を決めつけるのではなく、まずは話を聞くこと。耳と心を傾けてみること。そこから相互理解は始まるのだ。「広報」という職業を切り口に、これからの共生社会に必要なことを『空飛ぶ広報室』は描いている。

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なりたいものになれなかった人生を、どう生きるか

原作は、有川浩の同名小説。原作では空井が主人公だが、連ドラではリカが主人公に。これにより様々なアレンジが施されているが、原作の良さが損なわれることは一切なく、原作にはないラブコメ要素など連ドラならではの醍醐味も新たに盛り込まれている。有川と野木との相性の良さは、映画『図書館戦争』でも証明済み。有川自身、不当な差別や偏見を嫌い、確固たる正義感が作品の中に流れているが、そんなところが野木との共通項に思える。

さらに、主要人物であるリカと空井がそれぞれ夢破れた側の人間であることも、この作品の共感ポイントだ。リカは報道記者の座を追われ、情報番組のディレクターに。空井は不慮の事故でパイロットを罷免となり、広報官となった。どちらも「あの頃思い描いていた未来」とは別の場所に立っている。そして、それぞれに敗北感と劣等感にくすぶっている。

そんなふたりが、なりたいものにはなれなかったけれど、そんな人生も素晴らしいと、新しい道を受け入れていく姿が、視聴者に力をくれる。世の中の多くの人は、夢破れた側の人間だ。思い通りの未来を歩んでいる人の方がごく少数だろう。けれども、そこで腐っていても道は開けない。 こんなはずじゃなかった未来で、どう生きるか。人生を豊かにするのは、夢破れてからの生き方なのだと、リカや空井が気づかせてくれる。新たな人生の岐路に立つ春にこそ観てほしい、爽快な佳作だ。

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第2弾は、働くすべての人たちを勇気付けたあのお仕事ドラマの傑作を紹介。不安でいっぱいの今こそ、夢にむかってまっしぐらに突き進む彼女の姿を活力に変えてほしい。

(文・横川良明/イラスト・月野くみ)

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Pluse Paravi(プラスパラビ)

 

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