韓国ジェンダー事情~『キム・ジヨン』が問いかけるもの

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映画『82年生まれ、キム・ジヨン』に出てくるシーンは日本でも見たり、聞いたり、経験したようなことばかりだ。

高校生時代、塾の帰りに男子高生に後をつけられそうになり泣きじゃくるジヨンを迎えに来た父親は、「そんな短いスカートをはくな。誰にでもいい顔をするな」と逆に娘を責める。長じて、希望した会社に就職するが、同じように努力してきたにもかかわらず、男女で賃金格差が存在し、子供を持つ女性上司は「母親が育てない子供はどこかで道を踏み違える」などと理不尽なことを言われても懸命に働くが昇進の壁は限りなく高い。

妊娠を機に暗黙の了解のように仕事を辞めて専業主婦となる。乳母車に子供を乗せて、公園のベンチでコーヒーを飲んでいれば、見ず知らずの男性会社員に「俺も旦那のカネでコーヒー飲みたいなあ」と嫌みを言われ、「ママ虫」と卑下される。「ママ虫」は夫の稼いだカネで遊びまわる母親を"害虫"と蔑んだ韓国のネットスラングだ。

再就職のチャンスが巡ってきても、子どもを預けられる術はなかなか見つからない。夫は育児休暇をとると言ってくれるが、姑からは「どれだけ稼げると思っているのか。(息子の未来を)邪魔するのか」と有無も言わさず猛反対される。立ちはだかる現実に気力は吸い取られ、結局、仕事をあきらめてしまう。

見る者の記憶の箱を揺らしながら物語は進んでいくが、あまりにもリアル過ぎて、見ているうちに心ふたがれる。あらためて感じる理不尽さに怒りもフツフツと沸いてくる。それでも、映画にはジヨンはこのままでは終わらないという予感のようなものが漂っていて、ラストまで見守ってしまう。それは封切り当時(韓国では2019年10月)に感じていた韓国社会の変化があったからかもしれない。

その変化については後で触れるとして、映画の原作は韓国で130万部を超えるベストセラーとなった同名小説だ。版元は1万部いくかどうかと予想していたとか。しかし、2016年10月に出版されると口コミでじわじわと共感が広がり、女性誌などでは特集が組まれた。そのうちにK-POPスターや国会議員などの肯定的なコメントが続き、一気に話題作へ。その一方では、内容はねつ造されたフェミニスト本だと批判する声も上がり、本を巡る熱い論争が繰り広げられる社会現象にもなった。

原作を読んだ人もいるかもしれないが、小説と映画は異なる物語になっている。

小説ではジヨンが生まれてから33年間の人生が精神科医のカルテに沿って淡々と語られていく。思ったことを口に出せずしまいこんでしまいがちな性格の彼女は、ワンオペの育児の果てに感情は限界を超えてしまう。自分の気持ちを実母や同僚などに憑依して語るようになり、精神科を訪ねているという設定だ。「ジヨン」は、80年代、韓国でもっとも多くつけられた名前だそうで、そんな隣にいるような、もしかしたら自分かもしれない主人公に読み手の感情はぐっと引き寄せられる。

映画もキム・ジヨンを中心に展開していくが、構成はがらりと変わる。彼女を取り巻く家族とのやりとりや関係が丹念に描かれていて、そうすることで、もはや家族の助けだけでは女性が今悩み、ぶち当たっている"何か"を壊すことができないという現実を際立たせている。さらには、その次をも模索しているところは原作といちばん違うところだろう。監督のキム・ドヨン氏(女性)は、映画化にあたって、「他人の声を借りて話していた女性が自分の声を探す叙事として(物語を)再構成した」とメディアのインタビューで語っていた。それは前述したように当時の韓国社会の変化も背景にあったように思う。

韓国の30代後半の知人女性の話を聞こう。
「30代って結婚して子育てをしている人も、結婚して子どもがいない人も、私のようなシングルも、アイデンティティを探し求める時期だと思うんです。『1982年生まれ、キム・ジヨン』を読んだ時は、ああ、見ないふり、感じないふりをしてきたけれど、こんな風にしんどかったなあと思わされたし、じゃあ、このままでいいのかとも立ち止まった。本が出た頃の韓国社会の空気は、声を上げなきゃ変わらない、でしたから、共感よりももっと強い同じ思いを抱いた人が多かったのだと思います」

彼女が言う、声を上げなければ変わらないと思わせるきっかけとなったのは、ソウルで起きた「江南(カンナム)駅殺人事件」だ。2016年5月にソウル市内の地下鉄・江南駅近くの男女共用公衆トイレで起きた殺人事件で犯人は35歳(当時)の男性。被害者とはなんの面識もなかった。30分ほどトイレに潜伏し6人の男性を見送った後、最初に入ってきた女性を殺害したといい、その動機を「数日前に(別の)女性にタバコの吸い殻を投げつけられた」と陳述した。女性からは「女性嫌悪(ミソジニー)による犯行だ」と怒りの声があがった。彼女ではなく、被害者は自分だったかもしれないという意味からSNSで広がったハッシュタグは「生き残った」だった。

韓国でのミソジニーの萌芽は1999年といわれる。徴兵が義務とされる韓国男性には「軍服務加算制」(公務員やある一定の規模の民間企業試験などで男性につけられた加算点)が与えられていたが、「女性や障害者などの権利を侵害する」として違憲判決が出てからだそうだ。この判決に男性からは「苦労して軍隊に行っているのに女性はそれを認めない」「自分たちばかり損をしている」とバックラッシュが起きた。

そのミソジニーを韓国の女性たちが意識したのは2015年。この年の5月に拡がったウイルス性の感染症マーズ(MERS、中東呼吸器症候群)がきっかけとなった。最初の発症者は中東から帰国した60代の男性だったが、ネットには「香港旅行帰りの20代の女性がウイルスを持ち込んだ」というフェイクニュースが流れ、架空の女性への醜いバッシングが続いた。米国では折しも、性差別の根絶やジェンダー平等などを提唱したMe Too運動が起きていた頃で、ネット上の女性に対する誹謗中傷に「何かおかしい」という意識が韓国女性の間で共有されたという。

2018年1月末には現職の女性検事が上司のセクハラを告発したことがきっかけとなり、韓国でもMe Too運動が起きた。その流れは政界、芸能界などに一気に広がって、告発された中には裁かれて収監された人も出た。

告発が受け入れられて、韓国社会が動いた背景には、江南駅殺人事件から積極的に声を上げるようになった女性たちがいた。そして、そうした雰囲気は今も続いている。

小説が出版された2016年から映画が封切りとなった2019年までの間、韓国では女性を巡ってこんな大きなうねりがあった。

「これってなんかおかしくない?」
そう思いながらもなんとなく放置してやり過ごしてきたことに声を上げるようになった遠景には、母親世代が経験した儒教社会への反動もあった。儒教社会の家父長制により家庭でも男性が優位とされて、かつては男児を産むことが嫁の義務とされた。教師になるのが夢だったジヨンの母ミスクは、兄弟の進学資金を稼ぐために夢をあきらめた。このエピソードが出てくるシーンはせつなすぎて胸をわしづかみされてしまうが、実際にミスクのような女性は少なくない。「女に勉強は必要ない」といわれ大学進学をあきらめた50代の母親の口癖が、ミスクが映画で語るのと同じく「結婚はしなくても自分のやりたいことをやりなさい」だという会社員の20代女性を知っている。

長幼の序も重んじられ、家庭でも両親には敬語を使い、酒席では目上の前では顔を横に向けて杯を口にするシーンなどは韓国ドラマでも時々見かけるかもしれない。

ただ、儒教社会の色合いは完全になくなったわけではないものの、急速に希薄になっている。いまでは人々、なかでも高齢層の思考の淵にこびりついているといった感じだろうか。1990年代後半の経済危機による産業構造の転換は急速なIT化をもたらして、あふれる情報を吸い取った韓国社会は劇的に変わってきた。そうした変化に伴って、世代間の価値観の隔たりは広がるばかりだ。最近流行りのキーワードは、ジヨンも含まれる「MZ世代(1980年代初め~2000年代初めに生まれたミレニアル世代と1990年代半ばから2000年代初めに生まれたZ世代を合わせたもの)」。この世代の大学進学率は70~80%台にもなる。生まれてからデジタルに親しんでいるデジタルネイティブでもあり、MZ世代の社会における台頭は、古い韓国社会の通念を少しずつだが変えつつある。

映画では声を上げ始めたジヨンの物語もまだ始まったばかりなのだ。

(文・菅野朋子)

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