松崎健夫の平成映画興行史 平成十八年 「デスノートが”前後編映画”を活性化させた」

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2000年代は不穏さと共にはじまった

平成という時代は、2000年代のはじまりを内包した時代でもあった。平成十一年の回で、我々は"世紀末"なる世界の終わりに対して恐怖を抱いていたものの、結局「何も起こらなかった」ことを書いた。そして「何も起こらなかった」はずの"世紀末"から"新世紀"への移行は、社会が"世紀末"とは異なる、どこか理由を見出し難い不穏さに満ちていたことを憶う。

世の中に衝撃を与えるような凄惨な事件が根絶されることはなく、いつの時代もその現実と対峙しなければならない不条理がある。奇(く)しくもそのことは、2000年代のはじまりに不穏さを漂わせる要因にもなっていた。

例えば、2000年1月に発覚した新潟少女監禁事件。誘拐・拉致した少女を約9年2ヶ月にもわたって加害者の自宅で監禁していたという衝撃的な事件だったが、誘拐当時小学校4年生だった少女は、保護された時19歳になっていた。加害者には14年の懲役が確定したが、被害者の失われた9年もの人生は取り戻すことができない。無事保護されたとはいえ、あまりにも不条理だ。また、14年という刑そのものが相対的であるか否かも議論を呼んだ。 2000年5月1日には、面識のない女性を殺害した豊川市主婦殺人事件が、5月3日には少年がバスジャックの末に人質を殺害した西鉄バスジャック事件が起こった。この二つの事件の加害者には、共に17歳だったという共通点がある。当時"キレる17歳"とマスコミが煽ったことも影響して、彼らが未成年であることを理由に少年法の厳罰化を望む声が高まったという経緯もあった。さらに2000年12月には、今なお未解決となっている世田谷一家殺害事件も起きている。ちなみに、こちらも未解決事件となったグリコ・森永事件の時効成立は、2000年2月のことだった。

2001年に起こった附属池田小事件では、小学校に侵入した犯人が8人の生徒を殺害。取り調べでは「子どもをたくさん殺せば、確実に死刑になる」と供述し、公判では不遜な態度を取るなど世間の怒りを買った。時に、極刑でさえも加害者を嬉々とさせるものでしかない不条理に、誰もが憤りを感じている。犯人が検挙されない、或いは、被害者家族の心情を考えると量刑が軽いのではないか?という疑念を抱かせる現実。ある時代から「"正義"は幻想のものとなった」と多くの人が感じている。そんな感覚は"正義"のあり方を捻じ曲げながら、ある漫画を社会現象となる人気作に押し上げた。

【2006年邦画興行収入ベスト10】
1位:『ゲド戦記』・・・78億4000万円
2位:『LIMIT OF LOVE 海猿』・・・71億円
3位:『THE 有頂天ホテル』・・60億8000万円
4位:『日本沈没』・・・53億4000万円
5位:『デスノート the Last name』・・・52億円
6位:『男たちの大和/YAMATO』・・・50億9000万円
7位:『劇場版ポケットモンスター アドバンスジェネレーション ポケモンレンジャーと蒼海(うみ)の王子マナフィ』・・・34億円
8位:『ドラえもん のび太の恐竜2006』・・・32億8000万円
9位:『涙そうそう』...31億円
10位:『名探偵コナン 探偵たちの鎮魂歌(レクイエム)』・・・30億3000万円

5位の『デスノート the Last name』(06)は、週刊少年ジャンプに連載された、大場つぐみ・原作、小畑健・作画による漫画「DEATH NOTE」を実写映画化した作品。"名前を書かれた人間が死ぬ"という死神のノートを拾った高校生・夜神月が、法では裁ききれない犯罪者たちを、ノートに課されたルールを多角的に解釈しながら抹殺していく物語だ。2003年12月から2006年5月(2004年1号~2006年24号)まで連載され、全12巻のコミックスは累計発行部数数千万部を記録した。また、映画化やテレビドラマ化だけでなく、テレビアニメ、舞台などのメディアミックスが展開され、『ゴジラvsコング』(21)のアダム・ウィンガード監督によって2017年にはハリウッドでも映像化されている。

ノートが本物であるかを試すため、夜神月が最初に選んだ人間は、新宿の繁華街で無差別に6人を殺傷し、園児を人質にとって幼稚園に立て籠もっているという男だった。犯罪者とはいえ、間接的に殺めたことへ対して良心の呵責に苛まれながらも「殺しても構わない」「死んでもいい人間」「殺した方が世の中のためになる」と、夜神月は思考を巡らせる。そんな彼が、凶悪犯罪者をターゲットにすることで「デスノートで世の中を変えてやる!」と決意する過程も描かれてゆく。

夜神月は自身を「正義の裁きを下す者」と位置づけ、罰を受けて当然の人間だけでなく、道徳のない人間、人に迷惑をかける人間もノートの力によって次々とこの世から抹殺する。彼は「誰も悪いことができなくなれば、世界は良い方へ進んでゆく」と信じているからだ。

『デスノート』は画期的な興行形態を作った

「DEATH NOTE」の人気は、犯罪者とはいえ、問答無用に粛清していき、やがて自身の都合のためにも人間を殺めてゆくという夜神月の過激な思想に、どこか共感してしまうような世相に支えられたものだった。漫画の中だけでなく、我々の棲む現実の世界でも同様の犯罪が起こり、いつの間にか被害者の権利が等閑(なおざり)になるような不条理がまかり通る社会になっていたからだ。平成十八年(2006年)に映画化された『デスノート』(06)は、夜神月役を藤原竜也、彼を追うL役を松山ケンイチが演じて、28億5000万円の興行収入を記録するヒットとなった。2006年の年間興行収入ではベスト10圏外だが、実は11位にランクインしている。

「DEATH NOTE」の映画化は、6月17日に公開された『デスノート』と11月3日に公開された『デスノート the Last name』(06)の二部作という構成だった。この傾向は、平成十八年の洋画に目を向けてみると、ある共通点を導くことができる。

【2006年洋画興行収入ベスト5】
1位:『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』・・・110億円
2位:『パイレーツ・オブ・カリビアン デッドマンズ・チェスト』・・・100億2000万円
3位:『ダ・ヴィンチ・コード』・・90億5000万円
4位:『ナルニア国物語 第一章:ライオンと魔女』・・・68億6000万円
5位:『M:i:Ⅲ』・・・51億5000万円

上位5作品は全てシリーズ物か、その後シリーズ化される作品ばかり。シリーズ物の続編が支持されるのは、この時期にはじまったものではないが、前年の平成十七年の年間興行収入と比較すると、急激な増加傾向にあることを気付くだろう。つまり、「続きもの」を観に行くことへの抵抗が薄れていたであろう観客の傾向を、興行データが示しているのだ。

そんな潮流と呼応するように、『デスノート』は日本映画としては画期的な興行形態で上映された映画でもあった。公開日からも推察できることだが、『デスノート』と『デスノート the Last name』は、連続公開として企画された映画だったのだ。これは、現在公開中の『るろうに剣心 最終章』(21)が『The Final』と『The Beginning』の二部作であるように、現在では定番ともいうべき興行形態。だが、当時の日本映画としては、『デスノート』が連続して撮影した作品を前後編に分割して公開するという最初の試みだったのだ。この映画の成功によって、<2作連続公開>という興行形態が一般的になったと言っても過言ではない。

<2作連続公開>には、いくつかの利点がある。例えば、製作費の問題。2作を一度に撮影することで、キャストやスタッフをバラす必要がなくなり、セットや衣装に至るまで、二度に分けて撮影するよりも製作費が抑えられるという利点があるのだ。

『デスノート』と同じ年に公開された『NANA2』(06)は、『NANA』(05)と主要キャストが代わってしまった好例だろう。また、宣伝の面でも、費用対効果が優れている点を指摘できる。作品の話題性が継続され、作品に対する大作感が増す場合もある。1作目の公開中に2作目の宣伝をすれば、コストパフォーマンスの面でも優位性がある。さらに、製作費は2本分よりも安価になる一方で、多くの観客は2本分観ることになる。つまり、興行収入の面でも高収益を期待できるのだ。また、2作をまとめて4時間ほどの作品にした場合には、映画館での一日の上映回数に限界があるという配給や劇場側の問題もある。

長編である原作ものを映画化した場合にも利点がある。例えば、前述の2006年の洋画興行収入ベスト5で3位にランクインした『ダ・ヴィンチ・コード』(06)の場合。上下巻で約650ページある原作小説を1本の映画にまとめたため、小説の肝であるトリビア的な部分が割愛され、物語だけを追うような"あらすじ"映画になっていた印象があった。1本の映画として2時間にまとめるのには、そもそも向いていないのだ。その点では二部作にすることで、物語をじっくり描くことが可能になる。「DEATH NOTE」はコミックスだけで12巻もあったので、二部作として連続公開することにも敵っていたというわけなのである。

"前後編映画"の功罪

重複になるが、『デスノート』は28億5000万円、『デスノート the Last name』は52億円と、この<2作連続公開>は興行面で右肩上がりの大成功を収めた。しかし、この興行形態には問題がないわけではない。まず、観客は自ずと2回劇場へ足を運ばなければならなくなる点がある。当然、鑑賞料金も通常の倍払わなければならない。また、続編との公開時期にはある程度のブランクがある。テレビドラマのように「続きは来週!」というわけにもいかないのだ。その結果、興行的にどのような傾向となったのかについては、同様に<2作連続公開>された過去のいくつかの例を比較してみるとよくわかる(※わかりやすくする都合上、以下では前編・後編と表記する)。

『のだめカンタービレ 最終楽章』(09〜10)
前編:41億円 後編:37億2000万円

『SP 野望編/革命編』(10〜11)
前編:36億3000万円 後編:33億3000万円

『GANTZ』(11)
前編:34億5000万円 後編:28億2000万円

『僕等がいた』(12)
前編:25億2000万円 後編:17億2000万円

『劇場版SPEC〜結〜』(13)
前編:27億5000万円 後編:20億6000万円

『るろうに剣心 京都大火編/伝説の最期編』(14)
前編:52億2000万円 後編:43億5000万円

『寄生獣』(14~15)
前編:20億2000万円 後編:15億円

『ソロモンの偽証』(15)
前編:7億2800万円 後編:5億7800万円

『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN』(15)
前編:32億5000万円 後編:16億8000万円

『ちはやふる 上の句/下の句』(16)
前編:16億3000万円 後編:12億2000万円

『64 -ロクヨン-』(16)
前編:19億400万円 後編:17億4000万円

『3月のライオン』(17)
前編:7億5000万円 後編:6億5000万円

これらの数字からわかることは、『デスノート』以外の作品は、後編の興行収入が落ちているということだ。平均すると2割減くらいなので、目くじらをたてるほどの事象ではないのだが、ほぼ半減という『進撃の巨人』のような例もある。

一方で、二部作の前作である『るろうに剣心』(12)の興行収入は30億1000万円、『劇場版SPEC〜結〜』の前作『劇場版SPEC〜天〜』の興行収入は23億9000万円だったので、前作からは興行収入が実質アップしているという作品もある。





また、二部作の続編にあたる『ちはやふる-結び-』(18)の興行収入は17億3000円なので、『上の句』や『下の句』を上回る数字をあげているという例もある。このことは、製作的な都合や興行的な都合ではなく、観客が純粋に「その続きを観たい」と感じるかどうかにかかっているということを示している。

例えば、映画版『20世紀少年』(08〜09)は、<2作連続公開>と同様の製作形態で三部作として公開された作品だった。興行面では、第1章が39億5000万円、第2章が30億1000万円、最終章が44億1000万円というV字の推移だったという点にも観客の作品に対する姿勢が表れている。

<2作連続公開>という興行形態自体は、古くからあるものだ。例えば、榎本健一主演の『孫悟空』(40)は、前編と後編を同日に公開。また、原節子主演の『青い山脈』(49)は1949年7月19日に公開され、続編の『續青い山脈』(49)が翌週7月26日に間隔を空けずに公開されている。

そもそも<映画>なるものは、サイレント時代に<連続活劇>と呼ばれる形式で上映されていた。一つの物語を短く数話に分けて、週替わりで連続して上映するものである。その形態はテレビの普及とともに、テレビドラマへと引き継がれてゆくのだが、時代が巡り『スター・ウォーズ』(77)シリーズなどによって、再び<映画>の形式として戻ってきたに過ぎないのである。 (映画評論家・松崎健夫)

出典:
・「キネマ旬報ベスト・テン90回全史1924−2016」(キネマ旬報社)
・「キネマ旬報 2007年2月下旬決算特別号」(キネマ旬報社)
・「現代映画用語事典」(キネマ旬報社)
・「新潟少女監禁事件 密室の3364日」松田美智子・著(朝日新聞出版)
・「死刑:人は人を殺せる。でも人は、人を救いたいとも思う」森達也・著(朝日出版社)・「DEATH NOTE」大場つぐみ・原作 小畑健・作画 (集英社)
・一般社団法人 日本映画製作者連盟
http://www.eiren.org/toukei/img/eiren_kosyu/data_2006.pdf
・漫画全巻ドットコム 歴代発行部数ランキング
https://www.mangazenkan.com/ranking/books-circulation.html
・日本映画データベース http://www.jmdb.ne.jp

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