女性に課せられた伝統的役割を懸命に果たそうとするみち
みちと陽一夫婦の関係性は、みちからの好意の比重が大きいといういびつなバランスで成り立っていた。陽一の出不精な性格にも文句も言わず、常に陽一のケアを率先して行っていたみち。
陽一はみちの愛情を当然のものだと思いすぎて、あぐらをかいていた部分があると思う。みちもまた、それが女性としての自分の役割だと思い込んでいる節がある。しかし、女性側がケアをすべきだという思い込みは、男性中心の社会構造や性役割分業を維持するためのものでしかない。
もちろん、小さいときから「女の子らしさ」という役割期待を周囲から求められてきて、社会が求める役割に適応するのが当たり前のように育てられてきたとすれば、そうなるのも当然だ。
それを放棄すれば世間からは「女らしさ」に欠けるとして、「不適応」というレッテルを貼られてしまう。「結婚しても家事をしない」という女性は「女として失格」とみなされてしまいがちだ。
みちは普通に家事や陽一のケアをこなしているが、それが普通だと思う必要はもはやないはずだ。だって共働きが一般的な今、「男は仕事、女は家庭」という役割ですでに世の中は回っていない(現実的では平均家事関連時間を比較すると、まだ女性は男性の数倍以上を費やしているが……)。
仕事の帰りがみちの方が早いということもあり、吉野家ではみちが家事をした方がスムーズにまわるのかもしれない。でも、夫婦関係満足度に対していえば、夫の情緒的サポートや意識改革は重要だと思う。
ただ、三島結衣花(さとうほなみ)との不倫を経て、陽一も家事を手伝ったりみちを気遣ったりと家庭を省みるようになった。実際にパートナー以外との接触で普段の自分とは違う役割や非日常を経験することで、改めてパートナーとの関係が相対化され、夫婦関係の再考が起こるという話はよく聞く。
「みちを傷つけてきた」とやっと気づいた陽一。それで夫婦仲が回復すれば一件落着かもしれないが、このときはみちの心が新名に傾いているというズレがまだある。また、三島の存在も気になるところだ。
まだロールモデルが少ない道を進む楓
一方、新名家は最初から革新的にみえた。結婚や出産などのライフイベントにより、生活環境が大きく変化しやすい女性がしっかりキャリアを積んでいくのはまだまだ難しい。そんな中で、楓のバリバリ働く楓の姿はとても勇ましかった。
それを、ノー残業デーも実施しているホワイト企業勤めの新名が支えている。これは今までのホームドラマで描かれていた伝統的な家族の逆転版。先進的な夫婦像だなと思った。
家事はできる方が率先すればいいと思う。新名家の場合、ケアを担えるのは新名だ。夫婦の時間がカモミールティを淹れる3分しか持てないというのは切実な悩みだとは思うが、楓は今ががんばりどきだということをもう少し新名は汲んでほしい。
だって長時間労働によるセックスレスは、個人の問題ではなく社会の問題だから。新名はワークライフバランスの取れる優良企業で働いているけど、それこそ新名だってブラック企業で働いて毎日長時間労働を強いられていたら、セックスどころではないほど疲弊していてもおかしくない。
それに楓がレス気味なのは、妊娠によるキャリアの中断の不安もあるのかもしれない。キャリアについて、家族計画については夫婦でちゃんと話し合うべきことだけど。
ただ楓の働き方は心配でもあった。もっと後輩を信用して任せる、オンオフを切り分けるなどしないと自分が壊れてしまう危険性すらあったので、働き方の改善はしたほうがいい。
だから楓はこれまでの行いを省みて仕事をはやく切り上げたり、家事も努力するようになるのはいい傾向だと思った。もちろんそれは楓にとっては負担。仕事量は変わらない中で、過度に仕事を詰め込み、家に仕事を持ち帰っているだけだから。
それでも家事をがんばる楓に対しての、新名の態度はキツかった。「私のこと嫌いになった?」と楓に言わせてしまうのはズルい。俺は悪くない、すべての非は楓にあると言わんばかりの態度だった。
これまで楓でしていた態度だといわれたらそうなのだけど、自分は不倫に走りながらそんな態度できちゃうなんて。4人の中で唯一不倫をしていないであろう楓の苦悩は、見ていて一番しんどくなった。
物語の救いは、後輩の華?
どこの人間関係をみても悩みがつきない『あなして』。その中でみちの後輩の北原華(武田玲奈)がすごくいい役まわりをしてくれているので注目したい。
「男女の友情なんて成立しないですよ」という台詞を言っていた時点で、伝説的な月9ドラマ『ロングバケーション』で山口智子演じる南の後輩の桃子(稲森いずみ)を彷彿とさせたが、まさしくだった。
下世話な話が大好きで、観察力が鋭く、核心をつく台詞を多く生み出す名脇役。さらに異性関係には奔放で、好みのタイプとは「とりあえず寝たい」、そのうえ不倫の経験者という点でも華と桃子は共通項が見いだせる。
恋愛に長けているヒロインの後輩キャラ、待ってました! 最初は敵か味方がわからなかったが、すごくいいヤツじゃん! スピンオフでドラマ化したらこれはこれでおもしろい作品が生まれそうだ。
(文:綿貫大介)
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