何気ない日々に溢れる愛『きのう何食べた?』!・横川良明が選ぶParaviおすすめの一本

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大抵のラブストーリーは、恋する2人の間にライバルが割って入ったり、最終回直前になってどちらかに海外行きの話が持ち上がったり。そんな波乱と障害を乗り越えて結ばれたところでハッピーエンド。

でも、私たちが見たいのはハッピーエンドのその先で。恋が終わって、愛になる。その過程には生活があって。「2人は末永く幸せに暮らしましたとさ」のいう締め括りのその一文にあるものを知りたいのに、ドラマでは意外と描かれない。

2019年にテレビ東京で放送されていたドラマ『きのう何食べた?』は、そんな「2人は末永く幸せに暮らしましたとさ」の一行を、どこまでも優しく、どこまでも温かく、ほんのり涙を添えて描いた作品だ。

幸せに暮らす2人を見ていると、幸せな気持ちになれる

主人公は弁護士のシロさん(西島秀俊)と美容師のケンジ(内野聖陽)。2人は、家賃10万円程度の2LDKのマンションで暮らしている。とりたてて大きな事件は起こらない。たまにヤキモチは妬くし、喧嘩もするけれど、2人はお互いのことをとても大切にしている。

そんななんでもない日々を私たちは見ているだけ。なのに、この上なくいとおしい。『きのう何食べた?』は、そういう作品だ。





誰もシロさんとケンジの関係にヒビが入るなんて思っていないし、2人の間にお邪魔虫が乱入してくることも望んでいない。ただ2人が朝起きて、ご飯を食べて、仕事をして、家に帰ってきて、またご飯を食べて、ゆっくりとくつろいで、1日を終える。その様子を見せてもらえるだけで、じゅうぶん楽しいし、とっても幸せ。私たちは、いつも一緒にいるシロさんとケンジが好きなのだ。

でも、意外とそういうドラマは多くない。恋愛ドラマの主人公たちは、何かあるとすぐすれ違うし、偶然相手が別の誰かと浮気をしているように見える場面を目撃して、ショックのあまり手に持っているプレゼントを落としたりする。もちろんそれはそれで刺激的なのかもしれないけど、心のどこかで思うのだ。別に何も起こらなくていいんだよ、と。

だって、私たちの毎日も、おおむね事件は起こらない。毎日は似たようなことの繰り返しで。寄せ来る波に岩が削られていくみたいに、月日は少しずつ愛情を摩耗させる。その中で、どれだけ愛情の鮮度を保てるかが難題で。だから、ドラマを観て確認したいのかもしれない、この世にはずっと変わらない愛があることを。

シロさんとケンジを見ていて安心するのは、何があっても2人の間にある敬意と信頼が揺るがないからだ。別に運命的な出会いを果たした2人じゃない。歌舞伎町のゲイクラブで知り合って、その後、偶然、ケンジの働く美容院をシロさんが訪れたことから、距離が縮まった。若い頃のような、身を焦がすような恋とは違う、使えば使うほど馴染んでくるブランケットみたいな恋だ。でもそれが、シロさんとケンジと同じように、いい大人になった私たちの胸にじんわりと沁みてくる。

唇や肌を重ねることだけが、ラブシーンではない

いわゆるラブシーンはほとんどない。なのに、ふいにキュンとさせられる。たとえば第1話。ケンジが店のお客に自分のことを勝手に話していたことを知り、シロさんは激怒する。「俺のスタンスを理解して行動できないなら、お前、この部屋から出ていけ」と怒鳴るシロさんに、ケンジは言う。「うちの店の店長はお客さんに自分の奥さんや子どもの話をするよ。なんで俺だけ自分と一緒に住んでいる人の話、誰にもしちゃいけないの」と。

価値観の異なるシロさんとケンジの間では、時折こうした衝突が起きる。でもそのあと、2人は共に夕餉を囲む。食卓には、ケンジの大好きなにんにくとたまねぎがどっさり乗ったカツオのたたき。

「接客業だから、休みの前の日くらいしか思い切り食えないだろ」

そうシロさんは言う。愛情表現がぶっきらぼうなシロさんは、そう簡単に「好き」だとか「愛している」だなんて言わない。でも、その分、食卓に愛をこめる。愛とは、想像力だ。どうやったら相手は喜んでくれるだろうか。一生懸命相手の気持ちを想像し、自分にできうることを尽くす。





シロさんにとってはそれが料理をつくることで、ケンジにとってはシロさんのつくった料理をおいしく食べること。その光景に、胸が高鳴る。唇や肌を重ねたり、強引に手を取ったり、頭を撫でたり、そんなわかりやすい表現だけがキュンじゃない。ただ2人の想いが通じ合っていることが伝われば、それが最高のラブシーンなんだと、『きのう何食べた?』は証明してみせた。

自分は不幸じゃない。そうシロさんが言えるまでの物語

その上で、同性カップルの現実を真摯に描いているのが、『きのう何食べた?』の素晴らしいところだ。シロさんは、自分が同性愛者だと知られることを嫌がっている。だから、人前ではケンジと手もつながないし、自分の振る舞いに細心の注意を払う。





第8話で、テツさん(菅原大吉)とヨシくん(正名僕蔵)と初めて会ったとき、同じお店にいる周りのお客から同性カップルに見られるのが嫌で、シロさんはついそっけない態度をとる。そして、シロさんへの配慮が足りなかったと詫びるケンジに、「なんでそこで謝るんだよ、お前は」と怒鳴りつけてしまう。

シロさんが怒っていたのは、自分自身に対してだった。ゲイだとバレたくないという自分本位な理由で器の小さい態度をとってしまうことに、それによってケンジを気まずくさせていることに、シロさんは腹を立てていた。『きのう何食べた?』は愛する人との暮らしを描いた作品であると同時に、良識的に生きるシロさんが、良識的がゆえに肥大した規範意識からほんの少し抜け出し、自分で自分のことを認めてあげる物語でもある。

第5話で、シロさんは年末のため1人で実家に帰る。それから1年後の正月、今度はケンジを連れて実家に帰る。それは、最初は母親(梶芽衣子)から押し切られてのことで、シロさんの意思によるものではなかったけど、でも家族にケンジの存在を明かすこともはじめのうちはためらい気味だったシロさんにとってはとても大きなことで。

シロさんはずっと苦しんでいた。自分が同性愛者であるがために、両親を困惑させたことを。そしてシロさんは悲しかった。同性愛者である自分のことを両親が可哀相だと思っているかもしれないことが。だから、シロさんは言う。

「ゲイのなんたるかを知ってほしいってことじゃなくて。少なくとも今、俺が、両親が思っているよりも不幸じゃないんだってことをわかってほしくて。ケンジをうちに連れて帰ろうって思ったんだ」

自分は不幸じゃない。そう言い切るには、結構勇気がいる。たぶんシロさんもいっぱい迷ったんだと思う。一度は女性と付き合ったこともあると話していた。自分が同性愛者でなければ、もっと月並みな幸せを手に入れられたかもしれない。そう嘆いた夜もあったんだと思う。

でもやっと言えた。自分は不幸じゃないと。そう口にできるまでに、シロさんには46年の時間が必要だった。そして、両親にそう伝えることで、シロさん自身もまた同性愛者として生きる自分を本当の意味で受け入られたように見えた。

『きのう何食べた?』は、そう容易く人に見せることなんてできない、自分の心のいちばん壊れやすい部分を、繊細に、丁寧に、柔らかなタッチで描いたドラマだった。シロさんにとってそれは同性愛者であることだったけど、観ている人たちそれぞれにも、なかなか自分でも受け入れられないものがあって。そういう壊れやすい部分をこのドラマが優しく包んでくれたから、このドラマに救われた気持ちになったんだと思う。このドラマと過ごす時間をいとしいと思ったんだと思う。

シロさんとケンジが生きる日常は、これからもずっと続いていく

あれから2年余りの時が過ぎた。この約2年の間にも、何度となくシロさんとケンジのことを思い出すことがあった。きっと今も2人はあの2LDKのマンションで、月2万5千円の食費で暮らしているんだろう。そう想像するだけで、胸に幸せが流し込まれた気分になった。

そして、その想像がついに現実になる。現在、劇場版『きのう何食べた?』が公開中だ。2人は2LDKのマンションを飛び出し、京都へ旅行に出かけるのだと言う。そこで事件が起きるようだけど、でもはっきりと言えるのは、2人の関係が壊れてしまうようなことはないということ。ギスギスしたりモヤモヤしたりすることはあっても、2人は大丈夫。





なぜなら、相手がどれだけ自分にとって必要なのかを、そして大切な人がいなくなってしまうことの怖さを、もう2人はじゅうぶんにわかっているから。だから、安心して2人の日常を覗かせてもらおうと思う。きっとそれはおいしいご飯をお腹いっぱい食べたときと同じくらい幸せな時間になるだろう。

1人で生きても、2人で生きても、幸せになれる。そんな時代に、2人で生きることの素晴らしさを、『きのう何食べた?』が教えてくれた。

(文・横川良明)

(C)「きのう何食べた?」製作委員会
(C)「きのう何食べた?正月スペシャル2020」製作委員会

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